大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(行ツ)26号 判決

上告人

静岡県

右代表者

竹山祐太郎

右代理人

堀家嘉郎

御宿和男

被上告人ら(合計二二六名)の住所、氏名は別紙被上告人目録のとおり〈略〉

右被上告人のうち同目録中「原告番号」三七、一三五、一六八、二四九、三〇八、

四二一、四三五、四三七、四三八の九名を除く、その余の被上告人二一七名訴訟代理人弁護士

大蔵敏彦

小林達美

右被上告人のうち同目録〈略〉「原告番号」一二一、二七二、四二五の三名訴訟代理人弁護士

芦田浩志

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人堀家嘉郎、同御宿和男の上告理由第一点の三ないし五について。

論旨は、要するに、時間外勤務命令は、行政庁の積極的な意思発動を意味するものであるのに、開催された職員会議が勤務時間外にわたる場合に、校長がこれを続行することについて何らの意思表示、外形的行為をもしていない本件において、右命令があつたものとする原判決は、労働基準法三六条、三七条、一般職の職員の給与に関する法律(以下、給与法という。)一六条、職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例(昭和二八年三月二四日静岡県条例第三二号)(以下、勤務時間条例という。)八条、静岡県教職員の給与に関する条例(昭和三一年九月二八日静岡県条例第五二号)(以下、給与条例という。)一五条、職員の給与に関する規則(昭和三二年九月一四日静岡県人事委員会規則七―二五)(以下、給与規則という。)二七条の解釈を誤つたものである、というのである。

しかし、教職員に対する時間外勤務命令が行政庁の積極的な意思発動を意味するものであることは所論のとおりであるとしても、そこには、一定の形式によらなければならない特段の要請があるわけではないから、右命令は、常に明示的になされなければならないものではなく、ことに、すでになされた時間外の勤務に対して、時間外勤務手当を支給すべきか否かが問題とされる場合には、それが右命令に基づくものであるかどうかを確認することができれば足りるのである。もつとも、給与規則二七条は、別表第九に基づく時間外勤務命令簿により時間外勤務命令をなすべきものとしているけれども、それは、右命令の有無およびこれに基づいてなされた時間外勤務の内容等を明確にしておくためのものにすぎないと解するのが相当である。

ところで、原審が適法に確定した事実によれば、職員会議は校長の主宰のもとに当該学校に勤務する教職員の全部をもつて構成され、教職員はとくにやむをえない支障のある者のほかは他の校務をさしおきあるいはやりくりをしてでもこれに出席すべきものとされていた、右会議の開かれる日時場はあらかじめ校長の指示により口頭または黒板に掲示する等の方法で職員に伝達された、勤務時間終了時までに審議が終了せず、とくに必要のある場合にはそのまま勤務時間後も審議が続行されたことがあり、会議が勤務時間外にわたるさい、学校によつては、会議を打切るか続行するかについて出席者の意向をきき、それに従うことになつていたところがあるが、右の意向によつて会議が続行されることになつた場合でも、出席している校長は、会議の主宰者としてその結果を了承していたし、勤務時間の内外によつて、審議内容、審議方法等職員会議の性質およびその運営にはなんらの差異はなかつた、というのである。そして原審は、職員会議に出席することは教職員の職務の範囲に属するものであるとしているのであつて、このことと、右確定事実とによれば、被上告人らの職員会議への参加は、それが正規の勤務時間以外の時間にわたる場合も含めて、右会議を主宰する各所属学校長の指示(職務命令)に基づくものであつたことが明らかであるとしている原審の認定判断は、正当として首肯することができるのである。なお、所論は、勤務時間内の職員会議は法律上の強制力をもつものであるのに、原判決は、これを事実上の拘束力であると解釈を誤り、その結果論理の混乱をきたしているというけれども、所論の点に関する原審の説示が、勤務時間外に職務として職員会議に参加させた学校長の指示の事実上の拘束力を論じているものであることは、その判文上明らかである。原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第一点の一、二および第二点について。

論旨は、要するに、違法無効の時間外勤務命令に従つてなされた時間外勤務に対して給与条例に従つた割増賃金を支払うべきものとする原判決は、給与法定主義をとる地方自治法二〇四条、二〇四条の二、地方公務員法二五条一項の解釈を誤つたものである、というのである。

静岡県においては、地方自治法二〇四条、二〇四条の二および地方公務員法二五条一項にいう条例として、給与条例が制定され、その一五条において時間外勤務手当の額が定められ、同条例の実施に関して必要な事項を定めた給与規則二七条および別表第九において時間外勤務手当の支給方法が定められ、手当支給の基礎となる時間外勤務命令については勤務時間条例八条に規定されていることは、上告人のみずから主張するとおりである。そして、具体的の場合において、勤務時間条例、給与規則に違反する時間外勤務命令に従つてなされた勤務に対して時間外勤務手当を支払うべきか否かは、直接には右条例等の解釈の問題であるところ、後に述べるように、本件被上告人らの時間外勤務に対しては、結局、時間外勤務手当を支払うべきものと解されるのであつて、原判決には所論の違法はない。所論は、割増賃金なる給与種目は、地方自治法二〇四条および給与条例には規定されていないというが、所論の点に関する原審の説示が、給与条例一五条に定める時間外勤務手当を、労働基準法三七条所定の割増賃金に対応するものとして論じているものであることは、その判文上明らかであつて、正当として首肯することができるのである。また、所論が引用する判決は、事案を異にし、本件には適切でない。結局、論旨は理由がない。

同第一点の一、二および第三点について。

論旨は、要するに、勤務時間条例八条二項に違反してなされた被上告人らに対する本件時間外勤務命令は無効であるから、被上告人ら主張の時間外勤務手当の支払義務は生じないのに、原判決が、右命令に事実上の拘束力を認めざるをえない以上、その命令の行政法上の効力のいかんは別として、上告人は右瑕疵を理由に割増賃金の支払を拒むことはできないとし、右命令の効力について判断していないのは、地方自治法二条一四項、一五項(昭和四四年法律第二号による改正前のもの。)の解釈を誤り、理由齟齬または判断遺脱の違法をおかすものであるというのである。

おもうに、労働基準法三七条が、例外的に許容された時間外労働に対して割増賃金の支払を義務づけているのは、それによつて、労働時間制の原則の維持を図るとともに、過重な労働に対する労働者への補償を行なおうとするものであると解すべきところ、後述のように、本件職員会議出席のための時間外勤務がなされた当時、被上告人らにも右法案が適用されたのであるから、これを受けた規定である給与条例一五条の解釈にあたつては、その定める時間外勤務手当の支給が、労働基準法三七条による割増賃金の支払と同様の役割を果たすものであることを考慮しなければならないのである。もつとも勤務時間条例八条二項は、静岡県教職員に対して時間外勤務命令をなしうる場合を特に限定しており、それが、右労働基準法三七条の保護しようとする労働者の利益以上の公益上の要請に基づくものであるとするならば、これを無視することはできないけれども、それは、教職員の職務の性質上、時間外勤務に対する監督に困難が伴うので、原則として時間外勤務は命じないこととし、かたがた国および他の地方公共団体との関係において、その教職員との間の待遇上の均衡ないしその財政に累を及ぼすことのないようにとの考慮から、そのような制限を設けているものであると解されるのであつて、そこには、具体的の場合に、上司の違法な命令に事実上拘束されて、勤務時間条例、同規則の定める正規の勤務時間以外の時間にわたつて、本来の職務の範囲に属することがらについて勤務した個々の教職員に対する労働基準法による保護を無視してまでも維持しなければならないほどの公益上の要請があると解することはできないのである。このような点を考えれば、静岡県の公立学校において、校長の時間外勤務命令に基づき、教職員が正規の勤務時間以外の時間にわたつて本来の職務の範囲に属することがらについて勤務をした場合には、校長に右命令の権限がなかつたとしても、それが教職員に対して事実上の拘束力をもつものであるかぎり、上告人としては、右命令の行政法上の効力のいかんは別として、その瑕疵を主張して右時間外勤務に対する所定の時間外勤務手当の支給を拒むことは許されないものと解するのが相当である。

ところで、職員会議に出席することが教職員の職務の範囲に属するものであり、また、被上告人らに対し上司として労務管理事務を行なう立場にある校長の本件時間外勤務命令は、適法の権限に基づかないものではあるけれども、被上告人らに対して事実上の拘束力をもつものであるとする原審の判断は、正当として首肯しうるところである。

してみると、本件時間外勤務に対しては、命令の効力いかんは別として時間外勤務手当の支給を拒むことができないとした原審の判断は、結局正当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第一点の一、二および第四点について。

論旨は、要するに、公立学校教職員の時間外勤務については、地方公務員法五七条、教育公務員特例法二五条の五第一項、給与法一六条の規定が特別規定として労働基準法三七条に優先して適用されるのであるから、勤務時間条例八条二項および給与条例一五条の解釈適用にあたつては、教育公務員特例法二五条の五第一項の規定のみがおし及ぼされるべきであり、かりにしからずとするも、同条による制限、規制に服して準用される労働基準法三七条の規定がおし及ぼされなければならないのに、原判決が、地方公務員たる教育公務員には労働基準法三七条の適用があり、その解釈が、勤務時間条例、職員の勤務時間、休日、休暇等に関する規則(昭和二八年四月一日静岡県人事委員会規則一三―一)に定める勤務時間を超えたすべての勤務について妥当するとしたことは、労働基準法三七条、地方公務員法五七条、五八条(昭和四六年法律第七七号国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法一〇条により読み替えて適用される以前のもの。以下同じ。)、教育公務員特例法二五条の五第一項の解釈を誤つたものであるというのである。

しかし、被上告人ら公立学校の教職員は、一般職の地方公務員として、地方公務員法五八条の定める例外を除いて労働基準法の適用を受けるのであり(教育公務員特例法三条、地方公務員法三条二、三項、四条一項参照)、労働基準法三七条の規定は、地方公務員法五八条三項によつては、その適用を除外されていないのである。

そして、地方公務員法は、地方公共団体の自主性・自律性を尊重し、その多様性に即応させるため、職員の給与の決定の具体的内容については、条例による自主的決定に委ねているけれども、その根本基準については、同法で規定することとしているのである(同法二四条)。同法五七条、教育公務員特例法二五条の五第一項は、右の趣旨から、職員の給与は国の職員の給与をも考慮して定めるべきものとする地方公務員法二四条三項所定の基準につき、教育公務員の場合には、その職務の内容にほとんど差等がないところから、特に厳格に両者間の権衡を保つべきものとしているにとどまる。したがつて、教育公務員特例法二五条の五第一項は条例を制定するさいの方針を規定したにすぎず、地方公務員たる教育公務員について労働基準法の適用排除を定めたものではないとする原審の判断は、正当である。のみならず、地方公務員法五七条は、「法律で」特例を定めるものとしているところ、教育公務員特例法二五条の五第一項は、給与の種類、額についての特例を定めるにとどまり、給与法一六条も、いかなる時間外勤務につき手当を支給すべきかについては、定めるところがない。したがつて、右各規定が、地方公務員たる教育公務員に対していかなる時間外勤務につき手当を支給すべきかとの点について労働基準法三七条の適用を制限、規制するものと解することはできない。

なお、所論は、被上告人らに関しては、いわゆる三六協定が存在しえないことを理由に、被上告人らに対する労働基準法三七条の「適用」は、正確には、「準用」であるという。しかし、地方公務員法五八条三項の文理上、労働基準法三六条、三七条は公立学校教職員にも適用されることになるのであり、また、公立学校教職員は、職員団体を結成し、地方公共団体当局と勤務条件に関して交渉することができ、団体協約を締結することはできないけれども、法令、条令、規則等に牴触しないかぎりにおいて、地方公共団体当局と書面による協定を結ぶことができるのであるから(地方公務員法五二条、四条一項、五五条)、その限度でいわゆる三六協定を結ぶことができるのである。また、義務教育費国庫負担法二条および市町村立学校職員給与負担法一条は、公立の義務教育諸学校の経費、あるいは市町村立の小学校等の職員の給与の負担者をいずれにするかについて規定しているにすぎないもので、教職員の給与につき規定したものではないから、所論のように、右法条の規定を根拠として教職員の時間外勤務手当請求権を否定することはできない。

以上、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第五点について。

論旨は、要するに、職員会議の続行による時間外勤務に対しては、時間外勤務手当を支払わない、あるいは、これを請求しないという慣習は、かりにあつたとしてもその効力を有しないとした原判決は、民法九二条の解釈を誤つたものであるというのである。

しかし、労働条件の基準を定める労働基準法の規定が強行法規であることは、同法一三条の規定によつて明らかである。時間外労働に対する割増賃金支払義務を定める労働基準法、これを受けて時間外勤務に対する時間外勤務手当の支給義務を定めた給与条例の規定が公の秩序であつて、これに反する慣習は効力を有しないとする原審の判断は、正当である。

論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(岸盛一 岩田誠 大隅健一郎 藤林益三 下田武三)

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